遅読人間の憂鬱

自慢ではないが、私は文章を読むのが遅い。大変遅い。非常にゆっくり読み進めるタイプである。いや非常にゆっくり「しか読み進められない」タイプ……。

一説によると、日本人の平均読書(といいますか文章読み)スピードは、1分間に400文字から600文字ぐらいだとか。原稿用紙1枚から1.5枚分。NHKのアナウンサーのアナウンススピードは1分間に400文字、民放アナウンサーのアナウンススピードは1分間に600文字、というと、ちょっとわかりやすいかもしれない。

読書スピードについては、早いから良いとか、遅いから良いとか、はたまたどれぐらいが最適であるだとかいった意見や議論は存在しない。ただ、早く読みたい人&早く読める能力を欲しいと思う人、がかなりの多数いることは間違いない。その証拠が、巷にたくさん存在する、速読・フォトリーディングの本や講座やソフトウェアだと思う。

これまた一説によると、学力が高い、偏差値が高い、わかりやすくいうところの難関大学の入試をクリアするような人は、総じて読書スピードが速いらしい。科学的な云々はわからないけれど、これは割とわかりやすい事実なのではないかと思う。識字人間が思考する際には言語を用いるわけで、すなわち、日本人は日本語で思考するのである。思考するにも、ツールとして言語、イコール日本語を用いることになる。そして前提として、入試等、学問における思考のきっかけたる疑問や疑問文や、身もふたもなく言ってしまうところの問題文は、日本語の文章で記載されている。問題提起をスピーディに読み、スピーディに思考し、スピーディにアウトプットするには、言語能力・日本語処理能力が高い方が有利に決まっている、というわけだ。

経験則的にも、アタマの良い人は、総じて、文章を読むのが速いという印象がある。

そんなことを認識しながら、しかし私は読書スピードが遅い。単に読むだけであれば、所謂日本人の平均程度のスピードなのかもしれないが、ところどころ何度も読み返さずにはいられないし、割と頻繁にページは戻るし、言葉の意味やら何やらを調べ出したりするし、場合によっては、結局読み始めから全く先に進んでいなかったということも、ままある。我ながら馬鹿馬鹿しいものである。

私が速読に憧れるの理由はたったひとつ、ひたすら純粋に、たくさんの本を読みたいからである。読みたい本は山ほどあり、買うのを極力我慢しても積ん読は増えるばかり。速読を意識しながら読んでみても、内容が頭に入ってこないか、気付けばいつものスピードに戻っているか、どちらかである。考えてみればそりゃぁそうだ、という気もする。一文字一文字の表記、かな・カナ・漢字の使い方、読点の打ち方、表現の仕方、そういったものをじっくりと味わうのが好き、というか、味わわずにはいられない人間なのだ、私という人間は。そして、「味わう」なんて表現を持ち出すといかにも高尚な感じがするけれど、要は早く読めない、いや、読むのが遅い、ということを肯定的に表現しているだけなのである。

そういえば確か昔、平野啓一郎さんが、『スローリーディングのすすめ』みたいな本を上梓されていたような記憶があるが、平野さんはきっと、「早く読むことができるけれど、遅く読むことを選択している人」だろうという意味で、私とはまるで違う人間だと思う。毎日100円しか食費を掛けられない人が食べる100円のインスタントラーメンと、毎日いくらでも食費を掛けられる人が食べる100円のインスタントラーメンは、同じものではあるけれど、両者にとっての意味合いや存在感はまるで異なるのだ。

だんだんやっかみっぽくなってきたが、結局のところ何がいいたいのかというと、「ちくしょう! もっといっぱい本を読みたい!」という、ただそれだけの話である。

この記事を書いた人
鈴木 征浩

本とゲームと日本女子ソフトボールリーグとぬいぐるみが好きです。
株式会社opsol book 代表取締役。
出版プロデュースや編集業をやっています。
福祉医療系のお仕事も。

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