芥川賞とか、直木賞とか【『ぶっくぶっくに溺れて』より再掲】

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※本投稿は、以前のブログである『ぶっくぶっくに溺れて』から再掲しているものです。

<オリジナル投稿 2019-02-12 19:54:54 >

『村上春樹が「直木・芥川賞」を受賞できない理由』

村上春樹が「直木・芥川賞」を受賞できない理由 | 読書
日本有数の人気作家、村上春樹。1979年のデビューから数えて今年で40周年を迎える。その間、安定してベストセラーを生み出し続けるなど、つねに第一線で活躍してきた。2018年8月には、その春樹が初めてラジオ番組…

上記の記事を読んで、久しぶりにというか、芥川賞や直木賞について思いを巡らせた。

別に文学賞について詳しいわけではないのだが、村上春樹さんの『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』が、あるいは、よしもとばななさんの『キッチン』が芥川賞を受賞しなかったことについては、諸々語られているところであるということは認識している。

そして私自身も昔は、なぜ村上春樹さんやよしもとばななさんは芥川賞を受賞しなかったのだろう、と純粋に疑問に思ったこともあった。

石原慎太郎さんの『太陽の季節』の受賞、そして、関係者の皆さんの努力や時勢もあり、芥川賞・直木賞と言えば、日本で最も有名な文学賞という位置をすっかり確保している。同賞については色々な意見があるけれど、これだけ世間の耳目を集める、普段文芸に興味が薄い方にまで影響力を及ぼす文学賞は、ノーベル文学賞と本屋大賞と同賞ぐらいだろうことを考えると、やはりその存在意義は圧倒的に大きいと思う。文学賞は作家の活動を奨励し後押しするということももちろん大きな目的だが、選考対象・授賞対象となる作品の注目度を高めたくさんの人に読んでもらうきっかけをつくるということもまた、大きな目的である。そういった役割を見事に果たしている同賞が、日本における文学の市場規模に一定の貢献をし続けていることは間違いない。

ただ、と言うか、注目を集めれば集めるほど、マイナス方向の意見や報道もどうしても多くなる。これは文学賞に限ったことではないから、皆さんもひとつぐらいは心当たりがあるのではないかと思う。多くの人に知られれば、どうしたってそこにはアンチも出現するものなのだ。誰一人にも嫌われない有名人などいないのだ。

芥川賞・直木賞について、なぜ村上春樹さんやよしもとばななさんが受賞しなかったのか。その理由を最もシンプルに答えるならば、「選考委員の方が選ばなかったから」だ。以上。良くも悪くも、結局はそのひと言につきるのである。

じゃぁ、選考委員の見る目がどうのこうのと言い出すとキリがないと思う。これは、同賞の批判意見に対する批判、ではなく、単純に、そう思う、ということだ。選考基準が例えば「文字の量」とか「漢字の多さ」とか、そういった、第三者的に公正さを担保できる値なのであれば話は別だが、文学作品なんてものはそんな値で評価できるものではなく、「人が生み出したものを、人が評価する」ことしかできないのだ。開き直っていいのか悪いのかはわからないが、それでも開き直るしかないような問題だと思う。

ご本人達はわからないが、関係者の方々の中には、受賞を熱望した方もたくさんいるだろうし、正当な評価を得られなかったと考える方々もいるだろう。誰あろう、かの太宰治さんも、第1回芥川賞の選に漏れたことの抗議を、当時の選考委員だった川端康成さんに行っているし、私が作者であれば、ぜひ受賞したいと思うと思う。受賞すれば売れ行きがとんでもなく良くなるから、名誉の他にも、作家のキャリアにも有利だし、関係者の方も潤う。作家人生は、受賞するのとしないのとでは、雲泥の差だ。だからこそ、受賞できなかったことを悔やんだりする方がいるはずで、その方々に「仕方ないよ」と簡単に声をかけられるかと言ったら、そんなことはできない。ただ、冷静なことを言える場で言うのなら、という話だ。

芥川賞も直木賞も、これからも、注目を集め続けてほしいと思っている。少なくとも年2回同賞の発表があるタイミングで、文芸書の売り上げは全国的に伸びるはずなのだ。それは本に関わる人々にとってはやはり、大きなプラスだ。

そして、本屋大賞のような新しいかたちの文学賞が今後も様々登場して、出版業界がどんどん元気になってくれたらいいと、思っている。

この記事を書いた人
鈴木 征浩

鈴木 征浩 - Yukihiro SUZUKI -
本と書店とゲームと日本女子ソフトボールリーグとぬいぐるみとおいしいものとお酒が好きです。
株式会社opsol book 代表取締役社長/opsolグループ専務取締役。
出版プロデュースや編集業と、福祉医療関連事業をやっています。

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